【年代別刻印解説】アンティークティファニー編 1907-1947年

アンティークティファニーの刻印について

さてこちらのシリーズ第二弾です。

楽しんでいただけてますでしょうか。
アンティーク品やヴィンテージ品を語る上で欠かせないのが「刻印」です。
前回と重複しますが、銀製品の刻印の始まりは、英国。
有名なドラマ「ダウントン・アビー」でも、豪華絢爛な銀食器が出来てます。
その歴史を紐解いていけば、その起源は1300年代までに遡ります。

英国の銀製品にハマるの非常に良いとは思いますが、求められる知識量も多く・またオンラインでの買い物が一般的となった現代では少々ハードルが高い世界だと思っています。

それと比較して、ティファニーの場合は刻印の内容が非常にシンプルですので、そこまで難しい分析や知識は不要です。しかし、それでも国内のジュエリーブランドと比較して長い歴史がありますので、その種類は多いです。

1907-1947年に使われていた刻印

今回のアイキャッチ画像は、1907-1947年の間に使われていた刻印です。
前回の5年間と比較して、とても長い期間使われていましたね。

実は、このホールマークは、刻印として最も長い期間使われていた物なのです。

「アンティーク」に該当する条件の一つに、「100年以上昔の物」と言う項目があります。

なので、この刻印の1920年までに作られたものが、今の時点でのアンティークに該当します。それ以降は、「ヴィンテージ」。

「ビンテージ」ではなく、「ヴィンテージ」です。

いずれ機会があれば書こうと思いますが、「ビンテージ」は比較的洋服でも「広義」の意味で使われます。そして「ヴィンテージ」は、狭義。

例えば2000's前半の「ロックT」を上手いこと言う場合、「ビンテージT」。
1970'sの「ロックT」を説明する場合は、「ヴィンテージT」と言います。

口語だと日本人の場合、「ヴィ」も「ビ」もほぼ100%同じ様に聞き取られるので、誰も気にしませんが、店頭のタグが「ビンテージT」と書かれていたら、私とかは「こいつ素人だな。タダ同然でカートンで仕入れたT-シャツを3,000円ぐらいで売って、学生の小遣い取ってるな。」と思います。

アメリカだと関税法で、"Vintage "の定義が定められていますが、日本の場合は、特にその様な「定義」が定められてないのでやりたい放題です。

Makersの左右の数値について

こちらは、前回と同じです。

左側は"Pattern Number" / 右側は" Order Number"です。

Pattern Numberで、より具体的な製造年を判別します。
Order Numberは、当時の注文番号です。
個人的な考えだと、当時はオフラインで紙ベースでの管理だったので社内の内部統制の一環として売上管理を適切に行うためにもしっかりと打刻していたのだと考えています。

しかし、ここで大事なことを。

今回の様な、1907-1947年という長期間の間に作られたものは、「アンティーク」と「ヴィンテージ」の2カテゴリに区分けできます。では、どうやってそれを分ければ良いのか。

それが、"Pattern Number"です。
例えば1908年は、「16850」から「17103」です。

このPattern Numberは、情報量が多くなるので今日の時点では省略します。

925-1000の下のアルファベットについて

さて、この40年も使われてきた刻印の"M"は、誰を指すのでしょう。

そう、それはアメリカの天才・銀細工士 John Chandler Mooreの孫であり、Edward Chandler Mooreの息子、"John Chandler Moore 二世"の"C"なのです。
彼は、1907年にTiffany社の取締役達から任命され、Presidentに就任
そして、Louis Comfort Tiffany (これも、今度書きます)の初代Vice President兼財務アシスタントになりました。

こちらも、また違う機会に書きますが、Moore一族と言うのは、ティファニーの歴史を語る上で欠かせない存在です。特に1世に該当するJohn Chandler Mooreこそが、ティファニー社を成功に導いたと言っても過言ではない人物です。

そして、その息子のEdward Chandler Mooreは、日本の「印籠」や「根付」などに影響を受けて、いわゆる"Japonesque" 系の銀製品をデザインした人物でもあり、彼がいたからこそ「アンティークティファニー」の中にも"Japonesque"デザインの物が多くあるのです。

まとめ

さて、今回は1907-1947年の間に使われたいた刻印の解説でした。
いかがだったでしょう。
少々脱線した話もありましたが、183年も続く企業の裏では、銀細工士の一族の支えもあったと言うことが分かり新しい知識となったのではないでしょうか。

続く。

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